北岡大使、南部の文化都市ビリヤンディに3度目の訪問ウール製品の最高級ブランド「Woolish」の工場を視察

2021/5/6
日本製のニット・マシンの前で シーム社長と、その御母堂で日本製マシンを導入したキュッリ女史
シーム社長、そして御両親と
5月6日、北岡大使は、4日のメインストア訪問に引き続き、社長のエイゴ・シーム氏の招待で、エストニアのウール製品の最高級ブランド「Woolish」の工場を訪問。
この工場はエストニア南部にある文化都市、ビリヤンディにあり、大使にとっては一昨年10月の外交団ツアー、そして昨年2月の、大統領主催の独立102周年記念式典参加に引き続き3度目の同市訪問となりました。
大使館で経済を担当する重成書記官と、竹中専門調査員が同行。

第4代目のエイゴ・シーム社長の曽祖母にあたるヒルダ・ヴァルドレ女史が、1890年代にセーターの製作を開始し、1928年にビリヤンディに工場をオープン。
その後同市内で工場の場所は移転しましたが、「Woolish」の長い歴史は、この美しい文化都市ビリヤンディで刻まれて来ました。
今でも「Woolish」の商品のタグには「メイド・イン・ビリヤンディ。エストニアの街。ググって下さい!」との表示があり、ビリヤンディと「Woolish」の深い絆を感じさせます。

ヒルダ女史の娘、デイジー女史は暗いソ連時代を通じてセーターの製作を継続。
それを引き継いだデイジー女史の娘、キュッリ女史は、テレビのビンゴ番組に出演して優勝。
その時に得た資金を下に、工場に機械が導入されて現在に至ります。
機械はなんと日本製で「島精機」のものが使用されており、少し古くなっていますが、キュッリ女史の御主人の丁寧なメンテにより、今でも現役です!

大使はエイゴ・シーム氏と御母堂のキュッリ女史の案内で工場内を視察し、「島精機」のマシンとの対面が実現!
さらにシーム氏の息子さんたちに挨拶(握手出来ないので、肘を付き合わせて・・・)。
ビリヤンディというこの地で、「Woolish」が5代目、6代目と引き継がれて行くことを大使に予感させる一瞬となりました。

「日本市場には大きなポテンシャルを感じている」と語るシーム氏。
ウール製品なのに日本人好みの繊細さを感じさせる「Woolish」の製品は、シーム氏の奥方のアンナ女史がデザインされています。

同社製品の購入は、オンライン・ショップにより日本でも可能ですので、興味のある方は是非ネットで検索してみて下さい!